秋葉原のデリヘルについて詳しくなってきたら「RAA」の意味についても知っておきましょう

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RAAはRecreationAndAmusementAssociationを略しています。

「余暇と娯楽の協会」と直訳することができますが、特殊慰安施設協会と日本では呼ばれていました。第二次大戦で負けた日本は連合国の占領下に置かれることになりました。

この時に占領国の兵士を相手に売春を行う女性たちを置くために、この施設が日本国政府によって設置されました。アメリカは公娼制度を認めないことが法律で定められていましたので、今でもそれは暫々「アメリカの良心」や「倫理観」「清潔感」の証として、日本の性風俗を非難する際に取り上げられる項目でもあります。

しかしそれによってヨーロッパ戦線などではアメリカ兵による強姦被害者が1万4千人を超え、ノルマンディー上陸作戦の際にはフランス女性を強姦するアメリカ兵の姿を街角で見かけないほど、性犯罪が蔓延していました。

見るに見かねたル・アーブルの市長が慰安所の設置を願い入れたのですが、アメリカ軍はそれを拒否しました。アメリカの倫理観とそれに基づく法律がその理由だったのでしょう。

「フランスがアメリカ兵使用の慰安所を作る」のではなく「アメリカが慰安所を設置すること」を願い入れたせいかもしれません。

しかし慰安所がないために、一般女性のレイプ被害は拡大しました。沖縄戦でも被害者は分かっているだけでも1万人を超えたということですし、日本に進駐軍が上陸した初めの10日間だけで、神奈川県などは1300人を越える強姦被害者を出しています。

この事態を重く受け止めた日本政府の、苦肉の策であったと考えられます。そこで働く女性は「日本の女性の貞操を守るために犠牲となってくれる女性」ということで公募されました。

性の防波堤となりました。このような背景にRAAが設立されました。アメリカ軍からの要請もあったようです。女性兵士の専属となる男娼も存在していました。

コチラもかなり過酷なサービスを強いられていたということです。しかしポツダム命令で公娼制度は廃止され、またエレノア・ルーズベルト(ルーズベルト大統領夫人)の反対などがあって、RAAはGHQによって廃止されます。

衛生面で問題も多く、梅毒のような性病も蔓延してしまいました。RAAが廃止された後はそこで働く女性たちは街娼として働いたり、風俗街に流れてゆき、そこで米兵たちを相手にすることになります。

誰の管理下にもないのですから、もっと過酷で不衛生かつ不健康であったのではないかと考えられます。国の管理下にある風俗は「だからこそ一定水準の衛生管理が出来る」というメリットも確かにあったのです。